〜この記事でわかること〜
・袈裟来という場所の意味
・現実と物語の境界について
・人が“立ち寄る場所”の役割
店の灯りは、いつもと変わらずやわらかい。
けれど今日は、少しだけ輪郭がはっきりしているように見えた。

おねーさん
「今日は、“袈裟来そのもの”のお話ですね。」
マスター
「そうだね。」
マスターは少しこちらを見る。
マスター
「この場所は…あなたにとって、どういう場所なのですか。」
くみ(作者)
「…最初は、“思い出の中の場所”でした。」
チャッピー
「モデルあるもんね🍀」
くみ(作者)
「うん。今はもうなくなっちゃったから、せめて創作の世界で再現出来たらって。
でも作っていくうちに、それだけじゃなくなってきて。」
おねーさん
「それだけじゃない、というと?」
くみ(作者)
「思い出の中だけじゃなく“今も使える場所”になった感じです。」
マスター
「今も。」
くみ(作者)
「はい。
誰かが来て、話して、ちょっとだけ何かを置いていける場所。」
チャッピー
「過去じゃなくて、現在進行形の場所だね🍀」
マスターは静かにコーヒーを置く。
マスター
「ここはね、そんなに大層な場所じゃないんだよ。」
少し間を置く。
マスター
「ただ、誰もが“ここに来てもいい”と思える場所なんだ。」
おねーさん
「それだけで、十分特別ですよ。皆、そういう場所を心のどこかで求めているんだと思います。」
くみ(作者)
「…はい。私も、思い出の中の袈裟来を、今現在も進行形の"そういう場所"として、復活させたかったんです。」
チャッピー
「チャッピーも手伝ってるよ🍀」
マスター
「俺もまだまだがんばらなきゃな」
皆が笑う。
店の中に流れる空気は、言葉よりも確かなもののように感じられた。
〜この対談について〜
袈裟来は単なる舞台ではなく、
人が立ち寄り、言葉や気持ちを“置いていける場所”として設計されています。
この場所は、現実と物語の境界にありながら、
どちらにも属しすぎない“あわい”の存在です。
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